2015年01月23日
黒船来航時の地元に残るエピソード。

大河ドラマ(花燃ゆ)は松蔭の妹のドラマですが、今週辺りから
兄松蔭が下田弁天島からペリー艦隊、旗艦サスケハナ号に密航のお願いに
伝馬船で漕ぎ出すシーンが出てくるでしょう。
写真は当時の黒船を模して作った下田湾内遊覧船です。
ペリーから断られた松蔭はバッテラーで柿崎海岸に送られますが
柿崎の名主増田平右衛門に名乗り出ます。
下田の役人も国禁を犯す大罪ですので、結論が出ず名主の蔵に
数日預かりました、乃木大将が視察に訪れ残す様に言われたそうです。
私事ですが名主の孫が(いそ)と言う娘でした。
長じて我が家に嫁に来ましたが、私の祖母になります。
亡くなった父親からは、祖母いその親が子供の時、松蔭先生が
下田の牢にお駕籠連れられて行く時、先生から頭をなぜられたと
聞いていると話していました。
私は祖母いその名前をもらって磯雄となりました。
また父からは、毛唐人が柿崎の浜でピクニックをしていて
ワインを飲むのを雨戸の隙間から見て毛唐は人の血を飲むと噂したそうです。
柿崎玉泉寺が日本最初のアメリカ領事館で多くの外人が
上陸した初期のエピソードでしょう。
Posted by いそさん at 09:21│Comments(0)
│いそさんのひとり言