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2018年01月07日

きのうの下田いろいろあり。


 正月から良い天気が続きます、北日本に雪が降ると
太平洋側は大風が吹き寒くなりますが、そんなこともありません。

 この天気に誘晴れて下田水仙ツーデーマーチが行われました。
下田、道の駅からいそかぜの横を回り恵比寿島のジオサイトを見て
須崎自然遊歩道から水仙祭り会場から駅に戻るコースです。
昨日は小春日和でハイキングには最適でした。
参加者も風光明媚なコースですので喜んだことでしょう。

 さて、どんどん焼きも子供たちと父兄会で作りました。
14日の朝までずいぶん時間がありますが、これも時代の波でしょうか。

 また、下田海中水族館では2,000匹のマイワシを写真の水槽に入れました。
可愛そうな気もしますが、回遊魚の大型の魚に毎日食べられ少なくなります。
生餌にもなっていますが、可哀そうな気もしました。  


Posted by いそさん at 08:36 Comments(0)

2017年12月26日

下田・爪木崎の水仙祭りと恋する灯台。


 北海道は大雪のため太平洋側から吹く風が須崎でも
吹き荒れています。
正月も近いので本日は松や裏白、ゆずりはなど爪木崎に取りに行き
お飾りの準備です、クリスマスのツリーを仕舞い正月の準備です。

 爪木崎も西風が強いですが、暮ですので水仙祭りのお客様は
そんなに多くはないようです。
アロエの赤い花と陽だまりの水仙の花も4分咲きでした。
お正月の初日の出には午前3時ごろから爪木崎一帯がご来光を
拝む人々で例年満車になる盛況です。

 さて、写真は爪木崎の先端にたたずむ灯台です、船の船長さんは
石廊崎灯台を左に見、神子元島灯台を右、爪木灯台を左、大島波浮灯台を
右に見ながら一路東京湾に入っていきます。

 この度、日本ロマンチック協会からこの爪木崎灯台が恋する灯台に
選ばれました、広い海と青い海と空、気高く存在する白亜の灯台。
大海原を照らす灯台の光は人生の道標ようでもあります。
恋に悩み、夢に迷ったとき、愛し合う二人が未来を誓い合う時
灯台に行こう、恋する力を与えてくれる灯台です  


Posted by いそさん at 14:39 Comments(0)

2017年12月24日

唐人お吉の傾城塚の供養。


 写真はお吉が通った玉泉寺の境内です。
この寺には風邪を引いたハリスさんにお吉が近在の農家から
牛乳を買って飲ませた故事から牛乳発祥の地として
森永乳業が建てた記念碑があります。

 お吉は下田芸者でハリスの看病に行きましたが、町民からは
ラシャメンとさげすまれ、明治に入り酒におぼれる生活から
下田の川に入水自殺をした悲劇の人です。

 このたび、この川のほとりに傾城塚と石仏が新たに見つかりました。
お吉は天保12,11,10生まれで今から176前の1814年です。
この時1842年生まれの西山助蔵(下田村中)の16歳も
玉泉寺に子使いとして勤務していました、子孫も健在です。

 助蔵はハリスに使えアメリカに帰るとき一緒に行きましたが
米国で成功し政府に努め横浜に住みました。
助蔵は同僚だったお吉を憐れみ入水した川のほとりに傾城塚を
建立しましたが長い間に忘れ去られていました。

 この度保存会が出来慰霊祭を行いました。  


Posted by いそさん at 10:43 Comments(0)

2017年12月18日

テンちゃん便り(老犬と私とアロエ祭り)


 おはようございます、下田のホテルいそかぜのいそさんです。
ご無沙汰しました、一身上の都合でお休みしました。
心よりお詫び申し上げます。

 さて、師走を迎え心急くこの頃でございます、近況を申しあげますと
テンちゃんも16歳になりますので、私同様に動作が緩慢になっています。

 この頃は朝が寒いので、早く起きませんし朝方には私の顔をなめ
ベットの布団に入れろとお越しに来ます、私が起きた後もそのまま布団に
寝たまま10時頃まで泣ていますので、あちらが近いのかと心配してます。

 写真は爪木崎のアロエが満開になりました、昼過ぎに散歩に連れ出しました。
下田では至る所アロエの花が満開になっていますが、伊豆白浜では「アロエの
花まつり」が始まり正月8日まで開催されます。

 当館でも年末年始は込み合いますが、年明けは空き部屋がありますので
お一人¥10000で大サービス月間にしようと計画しました。
詳細はフロント係りまでお問い合わせください。
  


Posted by いそさん at 09:39 Comments(0)

2017年09月28日

秋に三日の晴れ無し。


 写真は秋空にたたずむ日本ロマンチック協会から認定された
爪木崎灯台(恋する灯台)です、小さくテンちゃんも入っています。

 昨夜は伊豆地方は大雨警報が出ました。
伊豆急行は全線運行の見合わせですが、まもなく回復でしょう。

 それはさておき春、秋には季節の代わり真ですから、三日の晴れ無しで
雨が降りますが温暖化の影響か大雨になることが多いいように感じます。

 漁師は低気圧ごとに海が荒れるので伊勢海老漁はその都度
禁漁になります、この時期はまだ海水が温かなので伊勢海老は
動き回るので取れる時期です。

 この取れる時期に「伊勢海老祭り」でお安く提供しています。
伊勢海老祭りも下田から始まりましたが今では全国各地です。
ホテルの下が伊勢海老網干場でもありますし、伊勢海老の蓄養場も
ありますので新鮮な伊勢海老が手に入ります。

 この時期はなんと言っても伊勢海老料理が喜ばれております。  


Posted by いそさん at 08:20 Comments(0)

2017年06月01日

6/1、あじさい祭りはじまる。



 「6/1、あじさい祭りはじまる」


 地元新聞では日本最大のアジサイの祭典と謳っています。
会場の下田公園は以前、小田原北条軍の海賊城だったことから
地元っ子は城山公園と呼び国際行事黒船祭の式典も行われました。

 ポスターも関東や近畿圏の主要駅には張り出されていますが
下田市内も紫陽花の花であふれます。
この公園、全山を覆う紫陽花の株は15万株、300万輪が咲くと
言われます。

 写真は公園から市内を見た絵ですが、正面の山は下田富士です。
小さく河口が見えますが伊豆の踊子が伊豆大島に出た船着き場の
あったところです、川端康成も実際に乗りました。

 話は変わりますが、西洋紫陽花の始まりは幕末のペリー艦隊の
植物学者が下田のガクアジサイを持ち帰り交配したのが
始まりだそうです。

 西洋紫陽花は日本に里帰りをしたことになります。
兎も角数の多さでは日本一のアジサイ祭りです。
  


Posted by いそさん at 05:43 Comments(0)

2017年05月22日

黒船祭もおわったよ~。(テンちゃん便り)



 「黒船祭も終わったよ~」(テンちゃん便り)

 黒船祭も終わりなので、午後の散歩にはハリスのいた
日本最初のアメリカ領事館玉泉寺に行ってきました。

 この寺にはハリスの碑やジミーカーター大統領の碑、森永牛乳が
建立した牛乳発祥の碑などがあります。
牛乳はハリスが寝込んだ時、お吉が近在から買い求め飲ましたそうです。

 今年は何か変で北朝鮮問題かもしれませんが、アメリカの船の名前も
発表しませんし、自衛隊の護衛艦も来ませんし来たのは小さな掃海艇だけです。
アメリカの水兵さんも少ないように感じます。

 とーちゃんと祭りも終わりなので見物に行きました。
知り合いからは、着物を着てテンを連れて歩けば西郷隆盛になると
言われましたが町中幕末にタイムスリップしたように変装の人が
大勢いました、ぼくも外人さんに可愛いと言われて頭をなぜられました。

 最後の日なのでにぎわいフィナーレ、にぎわいパレード、コンサート
日米親善綱引き大会などどこに行ってもおおにぎわいでした。
ぼくも少しは日米親善にやくだったかな・・・。  てんより、おわり。  


Posted by いそさん at 07:36 Comments(0)

2017年05月21日

開国記念の碑、式典会場。



 「開国記念の碑」


 昨日は夏を思わせるようなお天気でした。
下田の黒船祭りも写真の会場で記念式典、公式パレードをはじめ
下田条約再現劇、芸者衆の踊り、着物のファッションショーなど
賑わいも最高潮でした。

 条約再現劇ではペリーの子孫7代目の方も参加しました。
歩行者天国では開国市の開かれ日米親善の触れ合いも盛んに
行われました。

 また、江戸時代の侍、虚無僧、町娘、など羽織袴や高島田の
ご婦人など幕末の雰囲気を演出していました。
アメリカの水兵さんとは日米綱引きやアームレスリング、ゴルフ大会
ビーチバレーボール大会などの親善行事もおこなわれました。

 会場のレリーフはハリスとペリーです。
ペリーは「余は平和の使者としてこの地に来たれり」
ハリスは「私の使命はあらゆる点で友好的なものであった」と
彼らの言葉が刻まれています。

 日米友好の基礎は下田市民との触れ合いから始まりました。  


Posted by いそさん at 07:30 Comments(0)

2017年05月09日

黒船祭は19~21日です。



 「黒船祭19~21日」

今日も夜には雨のようです。
黒船祭はたいがい雨の日が多いいようです、私の記憶では
この祭りの期間ピーカンの日が続いたたことがありますが
その夏は冷夏だったのを覚えています。
子供のころ祭りを見に行くときは長靴だったです。

 それはさておき、写真は下田条約締結のお寺了仙寺です。
この境内でアメリカ水兵の整列があり遠征記の絵はここのところです。
咲いている花は台湾産のジャスミンの花ですが香りがきつい位です。

 20日の土曜日には下田条約締結のお寺ですので再現劇
「下田条約調印式」を素人ばかりですが、本職が着せてくれた
衣装とメークアップで面白おかしく寸劇を実演します。

 この日は黒船祭記念式典や公式パレードなどにぎやかになります。
パレードにはアメリカ大使夫妻をはじめ県知事、市長、姉妹都市の
山口県萩市、アメリカの姉妹都市ニューポート市長夫妻
金ぴかの衣装の第7艦隊司令や横須賀の海上自衛隊の偉い人なで
普段見られない人達ばかりです。

 この日ばかりは日米の兵隊さんで町は溢れます、昔は米兵の方が
金使いも多かったですが今は日本の方が豊かなようです。  


Posted by いそさん at 16:11 Comments(0)

2017年05月07日

黒船祭り事始め。



 「黒船祭事始め」
 
 海上自衛隊の皆さんのパレードです、軍艦マーチでウキウキします。
下田の黒船祭りは第1一回は昭和8年です。
当時から日米親善に官民挙げて友好を深める努力をしました。
大東亜戦争に始まる前、日本が昭和12年のシナ事変に突入する
風雲急を告げる前のことです。

 第一回にはアメリカ駐米大使のグルー夫妻は軍艦香取で下田に来ています。
戦争中は中断しましたが戦後には復活しています。
歴代大使も参加しますが、ジミーカーター大統領もタウンミーティングをして
市民とも交流を深めました。

 ケネディー大使にも下田に来てくれるよう運動しましたがかないませんでした。
下田が開港して最初のアメリカの領事館やペリーやハリスとの交渉や
下田条約などで黒船祭りは始まったのでしょう。

 その当時の伝承を亡父が聞いた話ですが、下田湾の柿崎の浜辺で毛唐人
(紅毛人)がピクニックを始めたのでしょう、柿崎の住人が雨戸の
隙間からのぞくとグラスに赤い(赤ワインのこと)血を飲んでいると
騒いで驚いたという話が伝わっているとのことでした。  


Posted by いそさん at 08:40 Comments(0)

2017年05月06日

連休が終わると黒船祭りだ~。



 「黒船祭りだ~。」
 今朝は南風が吹き始めました、天気は崩れて来るでしょう。
連休中は良い天気に恵まれました、下の海岸では早くも泳ぐ人もいました。

 写真は下田の玄関口下田駅の改札口です。
並んでいるのは素人さんです、祭り期間中の5月20日~21日まで
イベントの一環として変身コーナーの企画があります。
予約は不要ですが¥1000掛かります。

 着物衣装はその場で選べます、スタッフは本職の映画会社の人が
顔のドーランや着物の着替え、役に合わせた持ち物武士なら羽織袴に
大小を腰に差してくれます、足袋に草履と本格的です。

 私も下田条約の再現劇で日本側通詞の森山太吉楼の扮装をしましたが
かつらの下が痒かったのと、パレードで魁の旗を持ちますが沿道の
歓声に上がってしま終ったのを思い出します。

 当日は着物姿の杖を突いたご隠居さんから町娘、役人、岡っ引き
殿様、芸者、アメリカ水兵、など素人さんが街にあふれます。
変身してお化粧すると意外とわからないものです。

 黒船祭りの楽しみの一つです。  


Posted by いそさん at 09:34 Comments(0)

2017年04月06日

5月は黒船祭りです。



  5月は黒船祭りです。

 少々肌寒い日が続きますが染井吉野も咲きだしました。
この頃はやさきの桜はピンク色が多いいですが、桜は白に限ります。
満開のころですが本日より天候は崩れるようです。
お花見には気をつけてお出かけください。

 さて、写真は黒船祭りの通りの風景です。
水兵さんや両側には日米の国旗が並び、その上陸海自衛隊も
いますのでミリタリー色の強いお祭りです。

 先のケネデイー駐日大使に下田に来てもらうよう市民運動を
しましたがかないませんでした。
アメリカの下田市のとらえ方は日米友好の発祥の地として
カーター大統領をはじめ歴代大使は参加してくれています。

 その理由は4港を開放したうち、居留地では外人は町中には
出かけませんでしたが、下田では欠乏所(物々交換所)が出来
外国人の不足のものを好感しました。

 それを見た幕府は市民交流があっても良いことになり外国人との
交流が全国的に許されたのです。
ちなみにその時、安政の津波で町は全滅しましたが、幕府は
町の復興に修景造りに街をきれいな通りにするためなまこ壁も
奨励しました。  


Posted by いそさん at 08:21 Comments(0)

2017年04月02日

今年の竹の子不作なり・・・。




  今年の竹の子不作なり・・・。

 今朝も春を思わせるような陽気ではありませんでした。
そんな気温のせいか、地元紙ではタケノコの成長が遅れ
この春は不作のようです。

 雨後の筍のたとえがあるように春になればやたらと顔を
出すものだと思っていました。
寒さで遅れ本年は裏年だそうです、かてて加えてイノシシや鹿の
食害いもすさまじいようです。

 南伊豆町の一条竹の子村が有名ですが、なんとキロ2500円も
しているそうです。
田舎のことですから時期になりますと、貰い物が多くなります。
伊豆七島の利島、新島、神津島では竹藪など無くしたがって
竹の子もないので知人に送りました。

 なんでも世知辛い世の中ですが竹の子ぐらいはせいせい食べたいものです。
須崎では取り立てのワカメを沢山入れて炊きますと美味しく食べます。  


Posted by いそさん at 09:03 Comments(0)

2017年03月31日

春爛漫、桜満開。



  春爛漫、桜満開

 少しお休みしました。
三寒四温と言いますが、今朝は少し寒く午後3時には雨のようです。

桜と言えば伊豆地方は「河津桜」「熱海桜」「土肥桜」などはやさき
桜が2月の初めから咲き初め、この時期になると葉桜になっています。
本格的な染井吉野桜の咲き始めました。

 昔からこの時期入学式などの風物詩でした。
仮説に先駆けて咲くのもいいですが、桜の下でお花見などはこの
季節のものです、花の下での盛り上がりも見られるでしょう。

 それにしても江戸の染井村の植木屋さんが作った桜に桜の名所の
吉野を付けて染井吉野桜になりましたが、日本の桜の80パーセントと
言われます、樹齢は100年ほどと言われます。
従って寿命が来ている桜が多いいようです。

 河津桜は30年ほど前、河原に咲いていたピンクの桜を農家で
育てていたものを三代前の河津町長が奨励して広めたものです。
それにしても染井吉野も河津桜も原木は一本から接ぎ木で
全国に広まったものです、そう言う意味では驚きです。

 写真は下田河口に咲く染井吉野です、背景の山は寝姿山で右から
額、目、顎、首の部分です、山麓には山桜も白く見えます。  


Posted by いそさん at 07:28 Comments(0)

2017年03月25日

悲劇のヒロイン、唐人お吉。



 悲劇のヒロイン、唐人お吉

 昨日は陛下のお迎えでしたが、皇太子殿下の時とは違う
警備の人たちや車列も違うし静岡県知事などもお出迎えです。

 写真は安直楼で明治の建物です、お吉さんが晩年開いた
小料理屋です、以前は寿司屋として営業もしていましたが
今は観光施設として開放しています。

 さて、唐人お吉さん、本名斎藤きちは天保12年に知多半島
生まれで船大工の父一家と4歳の時下田に来ました。
14歳で芸妓になり、新内暁烏のお吉と歌われるほどの美人でした。

 17歳の時、幕府の開港で下田にアメリカ領事館が出来ました。
下田奉行は法外な年棒と引き換えに玉泉寺のハリス総領事のもとに
待妾として奉公に上がります。

 実際にはハリスは看護の人を頼んだようですが、当時お吉のほか
3~4人奉公に上がりましたが、お吉のみが有名になっています。
その間、風邪を引いたハリスのために近在を回り牛乳を買い集めています。
そんな関係で下田が牛乳発祥の地として森永乳業が記念碑を立てました。

 その後は洋妾(ラシャメン)とさげすまれ、晩年は小料理屋も
うまくいかず、明治24年3月27日失意のうちに身投げをしました。
享年51年の時代にほんろうされた、あまりにも悲しい終幕でした。  


Posted by いそさん at 05:16 Comments(0)

2017年03月20日

春を呼ぶ風の花祭り開幕しました。



   春を呼ぶ風の花祭り



早いもので開国の町、伊豆下田で春を呼ぶ風の花祭りも
13回目になります。
振り返りますと私の同級生の校長先生だった友人が紙風車の
作成を学校にお願いしたりして祭りにこぎつけましたのを思い出します。

 今は定着して本格的な春のイベントとして定着しました。
今や全国各地や海外ブラジルなどにも広がって開催されています。

 本年度のテーマは「おもちゃの国」です。
花の風車の数は1万5千個もあります、春風に吹かれて一斉に回りだすと
その音とともに壮観で見るものを楽しませています。

 オブジェは「ロボット滑り台」「積み木の迷路」「おもちゃの国の迷路」など
と言ったタイトルで入場門や遊具などもありました。
特に人気の「ひよっこ列車」には行列でした、80メートルの竹のレールの
列車の手押し車を親ごさんやじちゃんばちゃんが押して喜んでおりました。

 この27日はお吉さんの命日で「お吉祭り」が開催されますが
この会場は「まどが浜海遊公園」となずけられています。
お吉物語の下りで、お吉が下田奉行所から柿崎の玉泉寺に行くとき
この公園の地はその中間にありますので「行こうか柿崎、戻ろか下田
ここが思案のまどが浜」と言われたところです。  


Posted by いそさん at 07:15 Comments(0)

2017年03月10日

お吉祭りと坂本龍馬と下田の寺々。



 お吉祭りと坂本龍馬と下田の寺々。

 
 春の先駆けのイベントも下田では暮からの水仙祭り、河津桜まつり
竜馬飛翔祭、と続きお吉祭り、風の花祭り、伊豆高原の桜まつり
五月には国際行事の黒船祭り、六月の紫陽花と金目祭りとなります。

 写真は坂本龍馬の木造一本彫りの立像です。
下田には風待ち港だったせいかお寺さんが多くあります。
写真は宝福寺ですが、先代住職が入水自殺して引き取り手のない
お吉さんを葬り菩提寺にしました。

 また、竜馬も師匠勝海舟と土佐の殿様山内容堂との会談で脱藩を
許されたのもこの寺での出来事でした。
隣の寺の海善寺は将軍様の泊まる格式が高いお寺でした。

 了仙寺はペリーとの下田条約締結のお寺です。
長楽寺はロシアとの北方領土の締結をプーチャチン提督としました。
福泉寺はロシアとの事前交渉をしたお寺です。

 柿崎の玉泉寺はハリスさんのアメリカ領事館でしたのでお吉物語や
黒船哀歌などの歌にもなりました。
このほかにも、九州佐土原藩の御用材を運んだ船が積み荷を失った
責任を取り全員が切腹した16烈士の墓や幕末の志士吉田松陰などの
泊まった宿や、密航するときに隠れたお堂などが今もあります。  


Posted by いそさん at 02:43 Comments(0)

2017年03月08日

三月27日はお吉祭り。



  お吉祭り
 三寒四温と言いますが、今朝は寒さもぶり返しです。
何にしても風の冷たい朝の散歩でした。

 写真はお吉祭りの供養祭の写真です。
幕末のヒロイン、唐人お吉の供養を兼ねたお吉祭りの準備が進んいます。
お吉は下田の芸者でしたが、日本最初のアメリカ領事館が柿崎の
玉泉寺にでき、領事のタウンゼントハリスの付き添い看護婦として
時の幕府の役人が大金を払い行かせたものです。

 のちの世にはお吉物語や黒船哀歌として歌われました。
有名作家や西城八十の作詞ですので有名にもなりました。
会場は菩提寺の宝福寺とお吉が淵の二か所で行われます。

 世はまだ紅毛、毛唐人など初めての時代でしたので地元の
人たちから忌み嫌われました。
しかし、接待に上がった芸者はほかにもいましたが 何故かお吉のみが
唐人お吉と呼べれましたが、ほかの人は幸福な晩年を送っています。

 お吉は下田一の美人芸者とも言われましたのでやっかみもあつたのでしょう。
世間の人々からさげすまれ晩年は「安直楼」と言う小料理屋をやっていましたが
世をはかなみ明治半ばに川に入水自殺しました。
お吉が淵となずけ毎年命日には供養をしております。  


Posted by いそさん at 05:53 Comments(0)

2017年03月04日

下田出身の商業写真の開祖、下岡蓮杖。


下田出身の商業写真の開祖、下岡蓮杖。

 きのう三月三日は写真の開祖下岡蓮杖の命日でした。
蓮杖の本名は桜田久之助ですが、号は下田、岡方村から取り
下岡蓮杖と名乗りました。

 時は幕末、柿崎の玉泉寺は日本最初のアメリカ領事館でした。
その時ハリスの通詞(通訳)にオランダ人のヒュースケンから
当時は珍しい銀板写真の技術を学びました。

 この寺ではハリスのために牛乳を最初に飲ましたので牛乳発祥の地
また、境内には牛を屠殺するために繋いだ木もあり、まだ江戸時代に
西欧の食文化や写真術が広がつて行く先鞭を付けたのです。
森永牛乳が牛乳発祥の地の碑を建立してあります。

 それはさておき、蓮杖は写真術を習得したのち黒船は横浜居留地に
写りますので蓮杖も下田から横浜に移り写真館を開業します。
写真業界の祖として長崎の(西)上野彦馬、下田の(東)下岡蓮杖と
言われていますが長崎も下田も開国の町なので写真技術を学ぶ
先取の気性の若者が輩出したのでしょう。  


Posted by いそさん at 09:08 Comments(0)

2017年02月25日

伊豆の雛段飾り2題。




 今朝5時ごろの散歩は風が痛いように感じる寒さでした。
天気の春一番が3回も吹きましたので河津桜も風にあおられ
少し散り始めたようです。

 伊豆稲取と伊東市では雛段飾りが話題を呼んでます。
稲取では町内に河津桜も多く咲いていますが、稲取に
古くから伝わる吊るし飾りを展示もしています。
「雛の吊るし飾りまつり」も河津桜まつりに合わせ開催されます。

 ひな祭りに向かい神社の石段に赤い毛氈を敷き詰めお雛様を
飾り付けます、参道の周りには吊るし飾りも添えられますので
壮観の雛段飾りで日本一の規模だそうです。

 稲取の吊るし飾りは子供の成長を祈り手作りで目出度い作品を
色とりどりの布で作りつるしたものです。
伊東市の雛段飾りは見ていませんが、「雛の祭典」が似内箇所で
開催されています。
伊東も稲取もともに118段飾りです、どちらが日本一か分かりませんが
兎も角春の賑わいを感じます。

 写真は下田の風車祭りですが竹の骨組みを作る最中ですので
こちらも3月には春の風できれいに回るでしょう。  


Posted by いそさん at 07:35 Comments(0)