2012年06月26日
続・須崎の歴史(水帳のこと)
昨日の続きです、原稿を書いている私です。
須崎の磯争い明和6年(1769)下田町との磯の協会争い
その記録「建功史」と「水帳」(土地台帳)天正18年(1590)
は須崎の宝として後世に残すべく申し伝えがあり区長の私が
区長室の金庫で管理しています。
「水帳」についてですが、記載されたのは天正18年12月です。
この年の4月に下田城は開城、7月には小田原城は落城
8月には家康の関東移府、12月には須崎を含む伊豆検地の実施。
今も昔も経済の基本になる税の基本を実施しているのには驚きます。
1600年には関が原の戦い、天正18年から25年後には
東海道の箱根の関所、海の関所として須崎の船改め所が
設けられ「入り鉄砲で女」を厳しく取り締まりました。
須崎の船改め所では関西から江戸に行く船も、仙台周りの
舟も江戸湾に入る前須崎で調べてから入港しました。
その頃の須崎は賑わった事でしょう・・・。
左義長、どんどん焼きを作る。
水仙祭りの青空市。
明日から下田・須崎の水仙祭りが始まります。
ジャズ、爪木崎マイラブ、作詞作曲ハ月薫子さんです。
お彼岸の中日(暑さ寒さも彼岸まで)
下田のあじさい祭りとイージス艦事故。
水仙祭りの青空市。
明日から下田・須崎の水仙祭りが始まります。
ジャズ、爪木崎マイラブ、作詞作曲ハ月薫子さんです。
お彼岸の中日(暑さ寒さも彼岸まで)
下田のあじさい祭りとイージス艦事故。
Posted by いそさん at 08:30│Comments(0)
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