2015年02月15日
下田の街と海鼠(ナマコ)壁の由来。

桜の便り聞こえてきます。
桜をイベントととしたウォーキングなど賑わっております。
さて、桜見物に来ましたら、下田の海鼠壁も見てください。
日米、日露の条約提携の調印が行われた頃、下田には安政の地震の津波で
下田の街はほぼ全滅しました。
時の幕府は外国との交渉があるので、街の復興を急ぎました。
現在の東北震災の復興に政府が取り組むのと同じでした。
今と違い下田だけの狭い地域でしたので、復興に力を入れました。
復興に取り組む中で、街並みの修景にこのナマコカベが採用され
幕府は補助金まで出しております。
時代の背景から異人さんが街を見たとき綺麗に見えるようにしました。
昔から比べるとなまこ壁の家も少なくなりましたが、伊豆地区には
まだ見られます。
下田は幕末歴史の街です、歴史の息吹をご覧下さい。
Posted by いそさん at 07:42│Comments(0)
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