2017年02月06日
二月七日は北方領土の日。
須崎で言う処のパラ西(雨がパラと降り西風が吹くこと)が吹き
海は大荒れで漁師はお休みです。
一雨ごとに春がやってきますが、まだ二月で風は冷たいです。
しかし、路地の河津桜は本場よりも早く咲き始めましたが如何にせん
バラバラですので迫力には欠けます。
さて、下田の寺ではロシアとの日ロ通好条約、アメリカとの
日米和親条約等の日本国にとって大事な条約の締結をした地でもあります。
幕末時、大きな建物はお寺さんだけだったのでしょう。
そのお寺にも格付けがあるようで、将軍様の泊まるお寺、大名クラスの寺
毛唐人との交渉の寺と分けていたようです。
柿崎の玉泉寺はハリスの公館で日本で最初のアメリカ領事館になりました。
北方四島との国境は安政元年(1854)下田の長楽寺で締結しました。
また、事前の交渉会場はほかの寺で行っています。
当時、下田には幕府全権川路聖謨とロシア使節海軍中将プチャーチンとの
数度の交渉をしております、今で言う外務大臣級が来ていました。
このあと、交渉中には安政の大津波があり伊豆の戸田で日本最初の
洋式軍艦を作りこれが日本の造船の始まりとも言われます。
この時期、下田は風待ち港として大いににぎわいました。
Posted by いそさん at 12:41│Comments(0)
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