2008年02月22日
勝海舟と山内容堂が謁見した・
みなさん、こんにちは。下田の温泉旅館「海辺のお宿いそかぜ」のいそさんです。
写真は宝福寺です、唐人お吉(斉藤きち)の菩提寺でもあります。
文久三年(1863年)一月十五日幕末、勤皇、佐幕、と世間は風雲、急を告げている時代
この下田、宝福寺では土佐藩主山内容堂と勝海舟がこの寺の座敷で坂本竜馬の脱藩についての
話し合いがありました。
その頃は帆船ですので上がり下りの船は下田湊で風待ちをしました。
丁度二人が風待ち港の下田であったわけであります。
勝が竜馬の脱藩をお願いしますと容堂公は勝が酒を飲めないのを知りながら朱塗りの大杯に
なみなみと注ぎいっきに飲み干せば脱藩を許すと言い勝は飲み干しました。
容堂公はその証拠に白扇に揮毫をし、現在も大杯も白扇も残されています。
その後竜馬は許され維新回天の大事業に取り掛かります。
その意味では坂本竜馬は下田から大きく飛翔しました、ロマンですね~。
Posted by いそさん at 20:00│Comments(2)
│歴史
この記事へのコメント
お初にコメントいたします。
以後よろしくお願いいたします。
いい話ですよね!
弟子の為に一肌も二肌も脱ぐ師匠!
素晴らしい師弟関係ですよね!
そんな師匠に会いたいし、自分がそうなる時
そうしたいなぁ~。
まだまだ修行せねば・・・。
以後よろしくお願いいたします。
いい話ですよね!
弟子の為に一肌も二肌も脱ぐ師匠!
素晴らしい師弟関係ですよね!
そんな師匠に会いたいし、自分がそうなる時
そうしたいなぁ~。
まだまだ修行せねば・・・。
Posted by 天城声
at 2008年02月22日 21:29

天城声さんへ
コメントありがとう、ございます。
師匠の勝海舟は弟子の坂本竜馬を非常に可愛がりました。
この宝福寺会談の間、竜馬も下田に上陸して(勝も竜馬も幕府軍艦に乗船)
待合い(そいう種類の芸妓のいる家)で酒を飲んで待っていました。
世相は乱れています、平成維新が起きてもおかしくないかも知れませんねえ・・・・・。
コメントありがとう、ございます。
師匠の勝海舟は弟子の坂本竜馬を非常に可愛がりました。
この宝福寺会談の間、竜馬も下田に上陸して(勝も竜馬も幕府軍艦に乗船)
待合い(そいう種類の芸妓のいる家)で酒を飲んで待っていました。
世相は乱れています、平成維新が起きてもおかしくないかも知れませんねえ・・・・・。
Posted by いそさん at 2008年02月23日 07:32