2016年07月14日
須崎まつりの謂われ・・(発祥)
下田のホテルいそかぜのいそさんです。
九州では大雨のようですが、伊豆地方は梅雨前線が下がり、昨日から
雨もなく本日も朝から青空が広がっております。
さて、旧暦の6月15日は須崎まつりが280年前から催行されています。
この日は大潮で海の干満の差の大きな日です。
これには大潮の日に祭りで村休みにして、アワビやサザエなど海の資源の保護と
盛夏の時期ですから人々の休養を兼ねた昔の人の知恵だったのかと思います。
祭りの起こりは今から江戸時代中期の明和6年8月に沈没船の位置争いで隣村や
下田町との磯争いが起こりました。
伊豆は天領地でしたから、韮山の江川太郎左衛門代官に訴えましたが
調整がつかず江戸表まで上訴して、須崎の主張が確定し広い海域が確定しました。
また、この裁判中に日本中に麻疹やコレラがはやり全国では何万人も死亡しました。
須崎ではこの神社に祈願し須崎ではこの難から逃れたと棟札に書かれています。
したがって、磯争いの勝訴と流行り病からの難を祝い村中を神輿に祭神を乗せ
村中をお清めするのが始まりです。
この棟札には名主土屋伝兵衛、私の十数代前の先祖が書いております。
ちなみに我が家の襲名は土屋伝兵衛で私は14代目になります。